※この投稿は、マスクを常時装着し、半径1km以内 を活動範囲とした上での気づきをまとめたものです。

 

赤(紅)と白の配色と言えば、何を想起しますか?

自分はだるまやお節に代表されるような祝いごとです。これは我々日本人であれば当たり前のように、目にする組み合わせだと思います。単色ではなく、複数の色を組み合わせることで、特別な存在であることを際立たせているようにも思います。ここでは、赤(紅)と白の組み合わせが持つ、もう一つの意味を見てみたいと思います。

赤(紅)と白が持つ意味-緊急車両編

街を歩いてみて気づいたのは、赤(紅)と白は特別な存在ではありながらも、この組み合わせは、必ずしも「祝いごと」や「めでたいこと」に限定しないということでした。

赤(紅)と白の組み合わせは危険を促す意味でも用いられています。

例えば消防車と救急車。2歳の娘はサイレンを鳴らす赤い車を見ると「しょうぼうしゃ〜!」と叫び、同じく白い車は「きゅうきゅうしゃ〜!」と色が識別要因となっています。パトカー含むこの緊急車両は、非常事態に出動する部隊なので祝いごととは全くの正反対です。

赤(紅)と白が持つ意味-標識編

車が走っている道路に目をやってみると、赤と白の組み合わせがもう一つ。標識でした。

止まれ、一時停止、横断禁止といった、俗にいう警戒標識です。その横には消化器が。普段はあまり意識しませんが、一定の間隔で配置されているように思います。

このように身の回りをよく見てみると、赤(紅)と白の組み合わせは至るところにあって、その意図も異なります。警戒標識は、遠くからも目立つように、かつ注意喚起のため真っ先に目に入るよう赤(紅)と白の配色を利用していることが多いです。

赤(紅)と白が持つ意味-消化器編

消化器も似たようなユースケースですが、少し違うようです。

調べてみると、一般的な消化器は、消防法の規定により表面積の25%以上を赤色とすることが決められているようです。25% どころじゃないのですが、これも様々な工夫がなされ、道路からよく見え容易に取り出せるようにするために、目立たせた結果、こうなったらしいです。

消防車と救急車の配色は後から意味づけされたようです。東京消防庁のサイトにはこんなことが書かれています。

消防車が赤色とされた理由は定かではありませんが、外国から輸入した蒸気ポンプや消防車が赤であったことから、わが国でも赤色としたというのが一般的な理由のようです。それに、赤色は注意をひく色であること、炎の赤を連想させ警火心を起こさせるなども理由の一つに数えられるでしょう。

一方で、ある自治体のサイトを見てみると、どうやら今は法律で定められているようです。

国のきまり(道路運送車両の保安基準)で「緊急自動車の車体の塗色は、消防自動車は朱色(赤)、その他の緊急自動車は白色とする。」と決められています。

赤(紅)と白の組み合わせに別の意味を持たせる

時には祝いごと、時には危険と重要性。この両極端な場で用いられる色は他にはないと思います。今回のように、人が持つ「赤=危険」という固定観念との戦いで、別の意味を持たせるのは非常に困難だと思います。赤を避けることさえできたにもかかわらず、人々の遺伝子に組み込めたのは、とても不思議に思います。これが可能のは、赤(紅)と白だけではないでしょうか。

余談ですが、街を歩いていると、コーポレートカラーに赤と白の配色を用いているロゴをよく見かけるようになりました。コカコーラ、出前館、Paypay、メルカリなど。彼らがなぜ赤と白の組み合わせを選んだのか、これまでの話を踏まえると、それぞれに別の意味があるような気がしてきます。


この投稿は、個人プロジェクト Design+ によるものです。

Design+ は世の中の不便利なデザインの探究(Inconvenient Design)、並びに人が取ってしまう考えなしの行動(Thoughtless Acts)に目を向けることで得られた気付きをもとに、デザインへの新たな向き合い方を模索する自分の個人プロジェクトです。Twitter はこちら:https://twitter.com/DesignPlusAny

どこの駅にもある、階段の矢印サイン。人と人の衝突を避けるためだと思いますが、私はこの矢印の「意味」を見失うときがあります

写真は階段で下の階に下るときに見つけたサインなのですが、視点を変えれば方向が反転してしまう可能性があることに気づきました。先ずは左の矢印、これは「前進」を示唆するサインです。つまり、この場合の正しい進行方向は左です。右はどうでしょう。逆方向から人が「前進」してくるサインす。つまり、この矢印のサインは階段を利用するときに、「前進」を意味することになります。

そんなのは当たり前ですよね。子供でもわかります。既に、階段にはそのようなアフォーダンスが存在しています。ただ、当たり前を疑うことに意味があり、想像力を鍛えることができます。

日常的に目にするこのサインは、もう一つの見方をすることができます。それは、「上りと下り」です。無意識にある認知行動を一度捨てて見てください。私の目からは、左の矢印は下から上に「上る」を示唆するサインにも見えます。逆に、右の矢印は、「下り」に見えてしまいます。一般的に進行方向を示すサインは、見方を変えれば上下を示すサインとしても知覚することができます。それを前提とした場合、私は右を選んでしまうかもしれません。

ここに書いたような分析をする人はいないかもしれませんが、私はマイクロ秒単位で一瞬構える時がある。そのため、この写真のように色で識別できるようにしてくれるのはありがたい。逆に下から上の階に上るときはどちらの見方でも、正しい進行方向で階段を利用することができるから不思議です。とりあえず、左を歩いていればいいんですよね。


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男性が居心地が良さそうに座っている「もの」をご存知でしょうか?5回くらい検索し直すまでわからなかったのですが「車止め」と言うらしいです。また、車止めにも様々なタイプがあるみたいで、

  • ブロック
  • ポール
  • アーチ

などがあります。しかも、素材も様々。石材製、鋳物製、ステンレス製が主流なようで、マツコの知らない世界に出てきてもおかしくはないくらいです。

写真を見ただけですぐに分かった人もいると思いますが、撮影した場所は秋葉原で、駅前のこの歩道には石材製のポールが並んでいます。これがまた絶妙な高さなんです。170cm 前後の人の腰の位置くらいの高さにあり、文字通り腰を下ろして体重を預けることができます。しかも、形状が丸いためお尻に何かが刺さるという心配もいりません。こういった車止めが等間隔で並んでいます。前後にある車止めの素材と高さを学習するだけで、自然と座ることができてしまう。これは、人間が無意識に取っている行動の一つと考えられます。

秋葉原のような都会では、街中で座れるところは少ないです。お金を出せばその辺のカフェやレストランで溜まりに溜まった疲れを取ることができますが、自分のようなケチな人間はそれを探すことすら面倒に感じてしまいます。喉が乾いていないにも関わらず、ただ座りたいがために300〜400円するコーヒーを注文するのは納得がいきません。

何が言いたいのかというと、人間は基本、楽に生きていたい動物で、電車もできれば座りたいし、階段よりもエレベーターを使いたい。この写真に写っている男性の行動も例外ではありません。とある研究によると、人間のニーズの95%は、無意識下にあるとも言われています。ここに、デザインのヒントがあるかもしれません。椅子に100%の意識で座るときは、椅子取りゲームのときくらいでしょう。


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デジタルカメラと iNSPiC REC

デジタルカメラで撮影した写真を Bluetooth でスマートフォンに転送できることはもはや当たり前な時代。デジタルカメラはスマートフォンや従来のカメラと比べて画質は高い(とはいえ、スマートフォンに遅かれ早かれ抜かれそう)。しかしながら、ネットに繋がっていないが故に撮影機材の主流はスマートフォンに奪われてしまいました。結果、デジタルカメラ市場の縮小は止まりません。その問題を解決するための手段として実現したのが Bluetooth 連携なのではないでしょうか。撮影した写真をその場で確認し、Instagram をはじめとする各種 SNS に投稿する需要に応えるためにあり、一つの価値でもあります。

ところが、最近購入したキヤノンの新しいコンセプトカメラ「iNSPiC REC」は少し違うようです。

カメラは繊細だから、大事にかばんへしまっておく。なんて、もったいない!取り出す間も惜しいほど、毎日は撮りたい瞬間にあふれているから。カメラをかばんにひっかけて、“撮りあそび”に出かけよう。

撮影した写真を取り入れるためには、専用アプリを予めダウンロードしておく必要があり、不思議ではないのだが問題はその次です。

写真が取り込めないんです。そもそも、撮影した写真が反映されないんです。

iNSPiC REC アプリの Bad UX

アプリの前評判は知っていたのですが、それ以上にカメラのコンセプトに魅力を感じ、掛けてみたのだが…納得してしまった。調べてみたところ Bluetooth だけではなく、WiFi も同時に接続する必要があるため、カメラとアプリ間のペアリングが不安定になり、読み込めないケースが多々あるとのことでした。

不便だ。これは、ユーザー体験を設計する上でとても致命的な障害だ。カスタマージャーニーにおけるチャネル / デバイス / タッチポイントこそ、サービスデザインに影響を与える非常に重要なポイントとなります。

それから1週間が経過し、サポートセンターのおかげで WiFi が安定している環境(自分の場合は家)であれば、最低限の期待である写真を取り込めることができました(やった!)。障害となっていた理由は、よくわからないけれども。このままでは改善ができないのではないか、と疑問に思った一方で、ジャーニーの続きに進めることができたので、良しとしましょう。本来であれば冒頭で話したように撮影した写真は都度確認して起きたいところですが、この不便さが意外にも「懐かしさ」を演出してくれます、

不便さが演出する「懐かしさ」

スマートフォンやデジタルカメラよりも前、カメラがフィルムだったときは何が取れているのかは現像してみないとわかりませんでした。インスタントカメラもそうですね。家族で旅行に出かけたときに、子供ながらに撮影を気軽にできることに喜びを感じ、現像して写真が出来上がるまでの期待と、いざ写真となって見ることができたときの答え合わせがたまらなく好きでした。

iNSPiC REC はそれを思い出させてくれます。最近は iNSPiC REC を鞄の中に常に入れており、ふと目に入ってきた不思議な光景や気になるモノ、そして見逃せない瞬間を狙って直ぐに取り出して写真を撮っています。何を撮ったかは帰ってからのお楽しみ。フィルムではないですが、写真を読み込み中の時間がワクワクします。ボヤけていたとき、苦笑いをします。撮影した背景がわからない写真が出てきて思い出せず、不思議に思ったりします。新たな発見があったりもします。

iNSPiC REC は不便です。

でも、それは製品のせいにしているだけに過ぎません。工夫をしてみたら、別の良さを発見することがあります。自分は第一発見者かもしれない、という勘違いはあるかもしれないけれど、発見までに至る過程はとてもクリエイティブだと思います。これは、デザインにおいていいヒントになるかもしれません。

今回わかったこと。それは、不便は本来は豊かなのかもしれないということです。不便性に目を向けたほうが、思いもよらない発見があります。それがデザインの種になって、次に活かされていくといいなと思います。自分は iNSPiC REC をこれからも使い続けていきます。この先に自分と製品にどのような変化があるのか、楽しみでもあるからです。


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