どこの駅にもある、階段の矢印サイン。人と人の衝突を避けるためだと思いますが、私はこの矢印の「意味」を見失うときがあります

写真は階段で下の階に下るときに見つけたサインなのですが、視点を変えれば方向が反転してしまう可能性があることに気づきました。先ずは左の矢印、これは「前進」を示唆するサインです。つまり、この場合の正しい進行方向は左です。右はどうでしょう。逆方向から人が「前進」してくるサインす。つまり、この矢印のサインは階段を利用するときに、「前進」を意味することになります。

そんなのは当たり前ですよね。子供でもわかります。既に、階段にはそのようなアフォーダンスが存在しています。ただ、当たり前を疑うことに意味があり、想像力を鍛えることができます。

日常的に目にするこのサインは、もう一つの見方をすることができます。それは、「上りと下り」です。無意識にある認知行動を一度捨てて見てください。私の目からは、左の矢印は下から上に「上る」を示唆するサインにも見えます。逆に、右の矢印は、「下り」に見えてしまいます。一般的に進行方向を示すサインは、見方を変えれば上下を示すサインとしても知覚することができます。それを前提とした場合、私は右を選んでしまうかもしれません。

ここに書いたような分析をする人はいないかもしれませんが、私はマイクロ秒単位で一瞬構える時がある。そのため、この写真のように色で識別できるようにしてくれるのはありがたい。逆に下から上の階に上るときはどちらの見方でも、正しい進行方向で階段を利用することができるから不思議です。とりあえず、左を歩いていればいいんですよね。


Design+ は世の中の不便利なデザインの探究(Inconvenient Design)、並びに人が取ってしまう考えなしの行動(Thoughtless Acts)に目を向けることで得られた気付きをもとに、デザインへの新たな向き合い方を模索する私の個人プロジェクトです。Twitter はこちら:https://twitter.com/DesignPlusAny

はじめに

人の行動が変わる三つの要素というのを昔聞いたことがあります。

周囲にいる人、置かれている環境、金銭的な裕福さだったと思います。どれか一つでも変わると、人の行動には変化が見られるようになります。身近な例だと引越しや転職、宝くじの当選や昇給などが挙げられます。なぜ、この話を始めたのかというと、UX デザインやアジャイル開発の組織内導入に伴う課題の一つに、組織文化の醸成を最も多く耳にするからです。では、組織の文化を変えていくためには何が必要だろうと考えを巡らした結果、この三つの要素に行き着きました。そして、それはあながち間違いではないと思います。

「イノベーションを生むには、まずオープンでコラボレーションが自然と生まれるような環境が必要だ!」と叫ばれているのはわからなくもないです。しかし、それだけでは人は中々変わらないことを自分自身も経験してきました。オシャレであることはいいことです。でも、自己満足かどうかはすぐにわかったりします。組織または組織文化を変えるには、他の二つの要素も射程に入れなければ意味がありません。

ではどうす流べきでしょうか?

Culture Mapping というアプローチ

他社事例を元に直ぐに対策を練るのではなく、現状を知ることから先ずは始めなければなリマ線。文化とは何か?という哲学的な問いに明確な答えなどない気がしますが、少なくとも整理することはできます。ここで私が注目したのは、「Culture Mapping(カルチャー・マッピング)」というアプローチです。これが最もしっくりきました。

What is Culture Mapping and why should you care?

Depending on who you ask, 60-70 percent of change initiatives fail to meet their stated objectives, and the primary source of that failure, according to a Deloitte study, is resistance to change. So if you’re embarking on a change initiative, the last things you want to skimp on are risk-awareness and risk management.

カルチャー・マッピングは、「The Connected Company」という本で紹介されており、組織内のサイロ(縦割り)からの脱却を目的とした組織文化の統合について触れられています。読み応えがあるのでぜひ手にとって読んで見てください。和訳版は「コネクト ―企業と顧客が相互接続された未来の働き方」。

簡単に要約すると、カルチャー・マッピングは著者自身の経験から生まれたもので、買収等に伴う組織文化の統合を迫られた彼はトランスフォメーションの一環として目指すべき素子文化のマッピング作業から始めました。全ての会議室の壁にこれを張り出し、従業員の評価基準にも採用するなど徹底させた結果、文字通り、求める通りに組織の文化をデザインすることができたと述べられています。それが体系化されたツールが、このカルチャーマップ(PDF)というわけです。

上は、カルチャー・マップは各ステークホルダーの役割や体制を軸として項目ごとの関係図を可視化したもの。

Culture Map で定められている項目

定められている項目は以下の通り。

Evidence(証拠):従業員はどのような行動をしているか?

  • どのように業務に取り組んでいるか
  • どのような言語で会話しているか
  • どのように協業し、創造活動が行われているか
  • どのような空間、環境で行われているか

Levers(手段):行動を規程するルール(公式/非公式)にはどのようなものか?

  • 何がどのようにコントロールされているか
  • どのように意思決定をしているか
  • どのように人的資源を配分しているか
  • どのように賞賛しているか
  • 意図的なルールや環境はどのように定めているか

Values(価値):企業が提供する価値はどのようなものか?

定義している価値

  • みんなが口を揃えて言う、定義されている価値はなにか
  • 公式な文書やステートメントとしてどのようにまとめられているか

実践している価値

  • 上記の証拠や手段によって影響を受ける因子はなにか
  • 個々の実践によってどのような価値を提供しているか

Assumptions(仮説):想定されている仮説はどのようなものか?

  • 上記に記載の価値はなぜ、我々に成功をもたらしてくれるのか
  • 同じく、市場での有利性をどのように担保してくれるのか

チェックリストのように位置付けると、これらの項目は非常に合理的だと思います。冒頭でも記述した、周囲にいる人、置かれている環境、金銭的な裕福さが含まれていることがわかります。よって、カルチャーマップに定められている項目は、ここに挙げた脅威のディテールや事実を定義するものとして活用できる、効果が期待できるツールなのではないでしょうか。

余談ですが、過去に自身で企画をして、案件をプロジェクト化したことがありました。他とは独立した文化を持つチームを編成して進めていたことがあります。個人的にはチームとプロダクトが共にサクセスだったと自負しているのですが、工夫した点を上記項目に当てはめた場合、こんな感じでした:

  • 必要予算の打診と確保(ROI算出)
  • プロセスと利用ツールの整備
  • チームへの権限委託(チームのみで意思決定可能な範囲の確認)
  • チームとしての共通稼働時間の整理
  • 提供価値の言語化と更新
  • マーケットからの継続的なフィードバック方法の確立(ユーザーインタビューを定例で設けるなど)

新規であったため、これが時の流れと共にどのように文化が醸成されて変異していったのかはモニタリングしなければわかリませんでした。必要であれば、文化を変えることも可能であったと思います。とはいえ、このようなツールがある、ないとでは差が出てくると思われます。

まとめ

文化は魚に例えると水のような存在であり、文化をデザインするということは、水を取り替え、一つの群れでどのように一緒に泳いでいくべきかを考えることです。群れの中でどのように協業し、どのようにリスク回避すべきかを考えることです。スタートアップなど新しい水槽(組織)を構築するフェーズにおいては比較的より組みやすい環境かもしれませんが、組織規模が比較的大きい水族館のような組織では記述した脅威によって滞りがちです。変化が求められているのであれば、先ずは文化のダイナミクスについて理解を示すべきだと思います。そのためには、このようなツールを上手く利用して、可視化から始めるといいかもしれません。

“The stronger the culture, the less corporate process a company needs. When the culture is strong, you can trust everyone to do the right thing. People can be independent and autonomous. They can be entrepreneurial.” – Don’t Fuck Up the Culture

文化が組織に深く根付いていればいるほど、組織はプロセス依存ではなくなります。根が深ければ深いほど社内の信頼は構築されていき、自主的かつ独立した取り組みが個人レベルによって行われるようになります。

はじめに

久しぶりに長論文を読んだ気がします。

この記事は、ドナルド・ノーマン氏が米カリフォルニア大学の Design Lab の教授であるマイケル・メイヤー氏と共に記した「21世紀におけるデザイン教育の変革」と題した論文の要約です。Twitter でご紹介したところ、多くのレスポンスがあったため、挑戦してみました。注意事項として、これは私自身の整理のためでもあるため、記載の情報にやや偏りがあります。また、直訳ではなく意訳の要素が多いと思います。それをご理解いただいた上で、ぜひご参考ください。

Changing Design Education for the 21st Century

Michael Meyer and I have written a guide for changing how designers are educated. The paper is published in She Ji in a special issue on design education. But, together with our friends at IBM Design, we intend to implement the strategy outlines in the paper.

ドナルド・ノーマン氏と言えば、デザイナーのバイブルとして親しまれている「誰のためのデザイン?」の著者でありながら、UX(ユーザーエクスペリエンス)という概念を提唱した著名人です。それから30年。彼は今、米カルフォルニア大学 Design Lab の代表としてデザイン教育の改革に力を注いでいるようです。この論文を読んで、彼の思考に少しばかりの変化があったことを読み解くことができました。

当時、彼は UX をこのように捉えていました。

“User experience” encompasses all aspects of the end-user’s interaction with the company, its services, and its products.(引用元:The Definition of User Experience (UX)

この論文では UX という言葉すら出てきませんが、「Human Centered Design(人間中心設計)」が何度も言及されていることがわかります。

Design addresses human needs and desires. Design generates the tangible and intangible build environment as well as the social environment.

彼は、デザインをユーザーと企業との関わりのみに限定することなく、その定義を幅広く扱うようにしていることがわかります。しかし、その根底にあるのは人々のニーズを知り、応えること。社会と人のためにデザインをする、と言う意味では変わってはいません。それこそが、他の領域とは一線を画すしているからです。これは、UX デザインに携わっている我々へのメッセージとしても捉えられると思いました。いつからか、UX はデジタルな世界に留まっていました。

デザイン学校の歴史

イギリスの The Royal College of Art は1837に設立。グラスゴーの School of Art は1845年に設立。アメリカの The Rhode Island School of Design は1877年に設立されるなど、「デザイン学校」の歴史は長い。その中でも最も有名なのは1919年にドイツで設立されたバウハウスかもしれません。バウハウスが一躍注目を浴びるようになったのは、「Bauhaus Curriculumn Wheel」と呼ばれる特徴的なカリキュラムにありました。

Teaching at the Bauhaus – Bauhaus-Archiv | Museum für Gestaltung, Berlin

This conceptual diagram showing the structure of teaching at the Bauhaus was developed by Walter Gropius in 1922. The programme places ‘building’ [Bau] at the centre of all the activities. But a regular course in architecture was only introduced at the Bauhaus in 1927. Only the most talented students were admitted to the architecture course.

代表的な科目に空間や色、マテリアル・デザインなどがありますが、人間に関することや、人とモノとの関係性といったデザインにおける根本的な部分が抜けています。創作や絵画としてのデザインは当時、社会に大きな影響を与えていたかもしれないが、今では違います。

なぜ、デザイン教育を見直すべきなのか?

現在のデザイン教育を見直さなければならない理由には、以下の課題があると考えられています:

  1. デザイナーとしての視点及びプロセスの最も貴重な要素の大半は、誰かに教えられることがほとんどないこと
  2. デザイナーを育成するための多くのプログラムには依然として、暗黙知の偏狭な視点や非効率な構造のままであること
  3. Fortune誌に掲載されている500社の内、10-20社(2-4%)のみが CDO に等しいポジションを設けている。それはつまり、デザイナーに活躍の場が与えられていないということ
  4. デザイナーはこれまで以上により大きな責任を任されるようになってきたこと

デザインには、Making のみではなく、Doing と Managing も加わり、デザインスタジオを超えて、ビジネスや社会を推進するために求められる意思決定の場にも、加わるようになってきたことが大きい。確かにデザインは複雑な領域です。なぜなら、実践的でなければならない上に、学術的でもなければならないからです。

デザインに特化した教育機関は、いくつかのコアとなる共通指針を定めた上で、それぞれの地域特性や人の得意不得意に合わせたアドバンスコースを設けるべきです。結果としてユニークネスが生まれ、デザインも多様になっていきます。

Design Thinking と Design Doing の両立

デザインを考えるということは、実践や導入方法を考えるということに等しい。これらは必ずしも一体でなければならなりません。その中でも、Implementation は特に重要です。なぜならば、世の中のリアリティを映し出すからです。つまり、より多くのデザインにおける意思決定が求められるということになります。デザインの実践が社会にもたらすインパクトを理解しばければ、考えること(Thinking)に閉じただけのデザインになってしまいます。

デザイン思考が正にそうです。

This misunderstanding of design as a technique rather than a discipline also generates team conflicts.

デザイン思考はテクニックではありません。この誤解が、チームの摩擦による混乱を招くきっかけになってしまうことが多いのです。このままでは、永遠に社会に通用することがないナレッジのままで終わってしまいます。

デザイン学校に分類される教育機関は、わかりやすいスタジオ形式の教育を中心にカリキュラムを組むのではなく、他の領域に通用する基礎知識の開発や実践者と呼ぶにふさわしいデザイナーを輩出する工夫をしなければなりません。コンピューターサイエンスやAI、ビジネス領域の影に隠れたままでよいのでしょうか?

21世紀に求められるデザイナー像

Doing が大事と述べましたが、いきなり社会に放り出して擬似プロジェクトを立ち上げ、結果を出せと言う教育は望ましくありません。メンターを設けてチームが混乱したときのガイドであったりプロセス全体のおける思考過程の評価を推奨します。。

デザイン学校には2つのタイプがあります:

  1. 独立したデザイン学校
  2. デザイン専用組織が備わっている一般の大学

どちらがいいと言うわけではありません。どちらにもメリットとデメリットがあります。どちらで学ぼうと、学べる範囲と抜けている範囲、そしてそれを十分か自覚するかどうかで、より社会に求められるデザイナーに近づけます。その「範囲」を定めるために、ここに社会にインパクトを与えるデザイナーに求められるであろうファクターを明記します:

メソドロジー

  • 人間中心設計(HCD)
  • 共創、コミュニティ・ドリブン・デザイン
  • 戦略設計、メンタリング、ファシリテーション

クリエイティビティ

  • 個人、そしてチームの創造性の担保

リーダーシップ

  • 1-2年のプロジェクト経験
  • プロジェクトリーダーを2-3年経験

リサーチ

  • 定性調査
  • 定量調査

ビジネス領域

  • ファイナンス
  • データドリブンな意思決定
  • セールスやマーケティングへの理解
  • サプライチェーン・マネジメント
  • 知的財産
  • ビジネスモデルの理解
  • 役員へのプレゼンテーション能力

メイキング力

  • ラピッド・プロトタイピング
  • 基礎的なプログラミング
  • システム思考

実験と検証

  • 実現可能性、検証可能性の考慮
  • 小さいテストで大きな成果を出す
  • バイアスの抽出と排除
  • ABテストのメリットとデメリットの理解

エシカル(倫理)

  • 社会(環境やコミュニティ)におけるデザイナーの役割
  • 人、環境、健康、安全への影響力
  • 個人へのリスペクト(性別、宗教、国籍など)
  • 企業のポリシーと法律の考慮

現実世界

  • 世界史
  • 心理学、社会学、文化人類学
  • エルゴノミクス
  • HCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)

まとめ

改めて、デザイン教育の歴史は長い。そのルーツは創作にあります。時代と共に、デザインへの期待であったり、価値が発揮できる機会が飛躍的に増えました。有形を前提としていたデザインも、今では電子メディアやバーチャル・ディスプレイ、プレゼンテーションにまで及んでいます。ワーキング・パターンにも変化が見られます。1箇所で完結するようなスタジオ形式のデザインから、世界中に散って共創しながらそれぞれの仕事をすることだってできます。結果として、デザインがもたらすクリエイティビティや課題の発見と解決のためのフレームワークのおかげで、様々なコンテキストへの適応を可能にしてきました。

デザイン教育はこの変化についていくのに精一杯です。その理由としては、企業に限らずあらゆるコミュニティや官僚のマネジメントレベルにデザイナーが不在だからです。なぜ、デザイナーだけがこのような扱いを受けるのでしょうか?可能性として考えられるのは、幅広い領域の知識を備えて、あらゆる議論に参加し、組織や社会のニーズをまず理解する必要があるからです。

Here, design has largely been unsuccessful.

何もデザインだけが失敗してきたわけではありません。エンジニアリングといった非デザイン領域にも同じような過去がありました。それはつまり、デザインにもできるということです。これが分かったからには早急にデザイン教育の改革に着手すべきです。まずはデザインから離れて、あらゆる視点から共通化できそうな基盤を構築し、柔軟性が担保できるようなケースを想定して会話を続けるべきなのです。

プロダクト開発に携わっている人であれば、MVP という単語を一度は耳にしたことがあるかもしれません。これは最優秀選手を表彰するときの名称ではなく、起業家であるエリック・リース氏が彼の著書『リーンスタートアップ』で紹介したコンセプトです。彼の著書が出版されてから8年も経っていますが(いま調べて驚き)、プロダクト開発を続けていると、MVP という言葉だけが一人歩きし、誤った理解や解釈がそのままに、現在に至ってしまっているように思います。その理由は後ほど。

問題は、MVP の訳し方にあったと考えます。MVP は Minimum Viable Product の頭文字をとったもので、Wikipedia で以下のように訳されています。

実用最小限の製品(じつようさいしょうげんのせいひん、Minimum Viable Product、MVP)は、初期の顧客を満足させ、将来の製品開発に役立つ有効なフィードバックや実証を得られる機能を備えた製品のバージョンを指す。

別の言語のニュアンスを細かく汲み取って、万人が理解できるように意訳することは難易度がとても高いです。私の場合も『Lean UX』という書籍の監訳を担当させていただきましたが、どうしても「最小限」という単語が印象的なのか、組織にとって都合がいい言葉なのかわかりませんが「最小限の機能を搭載した製品」のことを指す言葉として使われることが多い印象を受けます。

このようなシーンを目の前にしたことがあります。

新規サービスを立ち上げることになりました。様々なステークホルダーの協議した結果ぎ開発したい機能リストとしてエクセルにまとめられていて、その中でも優先順位が高いものには「高」というラベルが付けられています。それも、約3分の1が「高」だったりします。最悪なケースは、機能価値が未検証のまま優先度が割り振られているときです。根拠がないとなると、更にヤバイ。この「高」に分類されているのが、MVP だと言い張る人がいます。そもそも「中」とかあると、曖昧すぎてよくわかりません。

MVP の V を「実用的な、実行可能な」として直訳することができますが、これはサービス提供者視点ではなく、ユーザー視点に立ってみると、捉え方が変わってきます。誰にとっての最小限なのでしょうか?機能的な最小限を意識しすぎてしまうと、何の価値もない出来の悪いプロダクトになってしまうことがあります。

ああ、だから新しい手法を取り入れると失敗するんだよ。

このようになってしまいます。ポイントはユーザーの立場から見た場合の実用的なプロダクトとはなにか、を考えてみることです。

実用的、という言葉が意味するところを説明するのは大変難しい。そのため、私はよくこの絵を見せて関係者の理解を得ようとしています。

 

元々は米コンサルティング会社に勤めているアジャイルコーチがブログで紹介した図から来ています。この人は MVP を正しく理解するために Viable を Usable / Loveable と置き換えていることが素敵です。

このユーザーは、いまいる地点から目的地まで移動するまでにかなりの時間がかかってしまっています。不便ですね。MVP を最小限の機能と認識し、機能単位でプロダクト開発を進めていくと、最小限の線引きが時間の経過とともにわからなくなり、実用性を高めるためにはつくりきるしかなかったりします。それが上段です。

一方で、下の段のスケートボードはユーザーが抱える問題への最初のアプローチとして、ユーザーがそのプロダクトに価値を見出してくれているかどうか、日常生活において実用的かという観点で検証をすることができます。まだまだ満足ではないかもしれませんが、ユーザーが価値を見出せて課題の解決に至りそうなのであれば、移動時間を短縮するための次のアイディアにステップアップすることができます。

MVP には目的があります。リーンスタートアップという開発手法の一部なのだから、一人歩きは危険です。最小限の機能は作れた。MVP は完成だ。これで一区切り、なんて終わり方はしてはいけません。もしそうなっていたら、誰にとっての最小限であって、誰が喜ぶ MVP なのか、を再確認したほうがいいかもしれません。

Tips: 機能リストがもし手前にあるのであれば、そのリストを半分に減らしてみてください。そして、更に半分にしてみてください。そこから始めてみましょう。

男性が居心地が良さそうに座っている「もの」をご存知でしょうか?5回くらい検索し直すまでわからなかったのですが「車止め」と言うらしいです。また、車止めにも様々なタイプがあるみたいで、

  • ブロック
  • ポール
  • アーチ

などがあります。しかも、素材も様々。石材製、鋳物製、ステンレス製が主流なようで、マツコの知らない世界に出てきてもおかしくはないくらいです。

写真を見ただけですぐに分かった人もいると思いますが、撮影した場所は秋葉原で、駅前のこの歩道には石材製のポールが並んでいます。これがまた絶妙な高さなんです。170cm 前後の人の腰の位置くらいの高さにあり、文字通り腰を下ろして体重を預けることができます。しかも、形状が丸いためお尻に何かが刺さるという心配もいりません。こういった車止めが等間隔で並んでいます。前後にある車止めの素材と高さを学習するだけで、自然と座ることができてしまう。これは、人間が無意識に取っている行動の一つと考えられます。

秋葉原のような都会では、街中で座れるところは少ないです。お金を出せばその辺のカフェやレストランで溜まりに溜まった疲れを取ることができますが、私のようなケチな人間はそれを探すことすら面倒に感じてしまいます。喉が乾いていないにも関わらず、ただ座りたいがために300〜400円するコーヒーを注文するのは納得がいきません。

何が言いたいのかというと、人間は基本、楽に生きていたい動物で、電車もできれば座りたいし、階段よりもエレベーターを使いたい。この写真に写っている男性の行動も例外ではありません。とある研究によると、人間のニーズの95%は、無意識下にあるとも言われています。ここに、デザインのヒントがあるかもしれません。椅子に100%の意識で座るときは、椅子取りゲームのときくらいでしょう。


Design+ は世の中の不便利なデザインの探究(Inconvenient Design)、並びに人が取ってしまう考えなしの行動(Thoughtless Acts)に目を向けることで得られた気付きをもとに、デザインへの新たな向き合い方を模索する私の個人プロジェクトです。Twitter はこちら:https://twitter.com/DesignPlusAny