先月末に NIJIBOX 主催のイベント「クライアントワークの現場で見えてきたUXデザインの変化とアプローチ」に登壇させていただく機会がありました。イベントのテーマである「UXデザインの変化とアプローチ」を考えたときに、何を話そうかパッと思い浮かばなかったのが正直なところです。今の仕事、つまり今の会社を選んだことのきっかけにつながってくるのですが「世界中のソフトウェア開発を変革する」ことを目標に取り組んできた内容こそ、自身が起こしていきたい変化であると捉えて、タイトルを「仮説駆動型UXデザインのススメ」としました。

仮説とは何かを考えてみる

この「仮説」という言葉が今回のキーワード。ここでこの記事を読んでいる皆さんに質問をしたいのですが、最近「仮説」という言葉を使った、または耳にしたのはいつでしょう?もう無意識に毎日のように使っている、あるいは聞いている人がいるかもしれません。「仮説を立ててPDCAサイクルを回そう」なんてことは日常茶飯事でした。ただ、これには昔から違和感を覚えていました。なぜかというと、これだけだとPDCAサイクルを回すことが目的になってしまっていて、そのための仮説を考えるという発想になってしまうからです。本来は逆なはずです。検証したい仮説がないと回すものも回らないと思います。

PDCAが前提としているのは、あくまで “想定外のことが起きない” 世界。つまり、「常に安定しており、かつ心理や感情など人間的要素が関わらない環境」の中で継続的に改善を繰り返して品質を高めていくというシーンで使うのであれば、確かに有効なのです。しかし、“いつも想定外のことが起きる” “昨日と今日で状況が変わる” といった「先がまったく読めない」環境では、そもそも最初の「P(計画)」の立てようがありません。そこでPDCAにこだわりすぎると、かえって物事が前に進まなくなる原因にもなり得るのです。

はじめに足並みを揃えたかったのは、

  • 仮説とは何か?
  • なぜUXデザインで仮説を立てる必要があるのか?

という問への考え方です。仮説を立てる前に、実はワンステップ挟む必要があると思っています。それは、現時点での最善の推測を洗い出すこと。自分は Best Guess と呼んでいます。仮説は、それを検証可能な形式にしたものです。

例えば、明日の夕食を当ててみようとします。それはずばり、魚料理。これは現時点での Best Guess になります。確信はありません。今晩の夕食が肉料理だったため、明日は魚料理のはず。これが検証可能な形式にしたものです。仮説の立証がしやすくなりますよね。更に言うと、なぜそう思ったのかも併せて記載しておくと学びが多くなり、次に仮説を立てるときの題材となります。

ここで言いたかったのは「いきなり仮説を出せ!」と言っても、前提が整理されていないとそもそも立てようがないということです。

仮説を検証しないことのリスク

UXデザインにおける大きな失敗とは、作ったものが顧客に使われないことです。それはとても悲しいこと。チームはそれを避けるために日々努力をしています。そのはずです。そうならないようにするためには、なるべく早く検証する機会を設けること、そしてリスクを可能な限り減らすことを心掛けなければなりません。プロダクトの価値を検証し続けていくためには、その時々のリスクを特定して排除していかなければなりません。そのための仮説思考です。

作りたいものを考えるのは簡単なことです。難しいのは、作るべきではないもの考えることです。それが、網羅思考と仮説思考の違いです。先ずは作るために必要な作業を網羅しながら進めるアプローチと、作る必要がないものを特定してリスクを下げて進んでいくアプローチはこのような図を用いて説明しています。

この図で説明しているリスクとは、前述の使われないリスクのことを指します。プロダクト開発がユーザー不在のままだと、不確かな状態で進むことになります。結果はリリースするまでわかりません。そんなギャンブルのような世界から、早期に脱却すべきです。

SHOWROOM の前田裕二社長も同じことを言っていました。

例えば、宝の山が眠る鉱山を今から掘って、宝石を探り当てるレースをするとします。おそらくほとんどの人が「俺の筋力を見よ」って感じで、パワーで下から全部アナログに掘る、みたいなことをやる。掘ってる時は、自分でも仕事してる感すごくあるし、思考停止して掘り続ける。そんな中、我々は、掘らずに山の麓にある街の長老にヒアリングに行ったり、宝石のありかの地図や宝石探知機のようなものを探してきたり、まずは「見極め作業」に全神経を集中します

(引用元:最初にやるべきは血まなこで「宝のありか」仮説を立てる事|SHOWROOM 前田裕二

UXデザインを進める前に

UXデザインにおける仮説を設定するための軸と、仮説を設定する流れについてはスライドにまんま書いてあるので割愛します(記事の一番下に貼っている)。参考になれば嬉しいです。仮説を設定する軸は至ってシンプルだと思います。

このソリューションは、誰のどの問題を解決するために必要なのか?

これに答えられるレベルにまで、思い込みを検証可能な形式に落とす必要があります。「いやいや、何を今さらわかり切ったことを」という人もいるでしょう。自分がこれまで仕事をしてきたクライアントにも、同じような反応をする人がいました。その度に、それが紛れもない事実だと、どこまで自信を持って言えますか?と常に聞くようにしています。わからなくても、不安に思っていても構いません。それが検証をしなければならない動機に繋がるのだから。

チームメンバーのみならず、ステークホルダーを交えた場で思い込みを洗い出すときが一番難しいと感じます。なぜなら、軸を例え設定していたとしても、自分の中でフィルターをかけてしまい、わかっていないことを挙げることに躊躇してしまう人が多いからです。最初は慣れが必要ですが、例えばペルソナを記述するワークで「メインのお客さんは都内に住んでいる会社員だと思うけどね」「地方にいるお客さんの方が利用者に多かったような?あれ、違う?(キョロキョロ)」と言った会話が生まれることもあります。それはとてもいいサインです。その場は思い込みで溢れています。

あとは、それをどんどん吸い取って、ペルソナだったり、ジャーニーマップに可視化するだけ。間違っていても、言ってもいいんだ!その空気をどう作り出すか。その場のデザインが実は大事だったりする。最後はエイやで決める必要はあるにせよ、ポイントはみんながどこを向いているかです。ズレているほど、検証のしがいがあります。誰が正しくて、誰が間違っているのか、ではありません。偉いからその人に従おう、ではありm線。答えはユーザーしかわかりません。

学びがチームを一つにする

これまで説明しているように、仮説を検証可能な形式に記述することで、結果を振り返るときにその仮説が正しかったのか、間違っていたのかが明確になります。結果をまとめる際に、仮説ステートメントと呼ばれるようなカードを作成し、結果を色で識別できるようにシールをその上に貼ってみたりすると、一目でわかるのでオススメです。

赤・・・仮説が間違っていた
黄・・・微妙だった、まだ検証が必要
青・・・仮説が正しかった

このような感じです。

検証を繰り返すことで、仮説の種となる思い込みは次々と湧いてきます。それも、よりシャープになってきます。そうさせているのは、検証のときに得られた学びなのです。考えもしなかった可能性が見えたとき、人は創造的になります。こうした方がいいんじゃないか、ああした方がいいんじゃないか。ちょっと待ちましょう。一つづつ検証していきましょうね。

最後に

プロダクト開発が進むにつれ、検証結果が追えなくなったりすることはよくあります。どこまでリスクを解消することができたのか、覚えていないとそれが逆にリスクとなります。そのために、自分はこのようなボードにリサーチ結果を張り出して常に過去のリサーチ結果を参照できるようにしています。

これは、「Experiment Board」と言うツールです。詳しくはこちらの投稿を参考にしてみてください。

アジャイル開発の仮説検証学習サイクルを可視化する「Experiment Board」 | mariosakata.com

アジャイル開発における仮説検証学習サイクルを可視化するためのツールを 「Experiment Board」 と呼んでいます。2年ほど試行錯誤を重ねましたが、今は納得して運用することができているので、世のプロダクト開発をよりよくするためにも、参考になるかわかりませんが公開したいと思います。 なぜ、この Experiment Board …

スペースが足りなくなったら、せめて検証できた仮説と間違っていた仮説はキープするようにしてください。間違っていたことは、繰り返してはならないからです。捨てたらダメ、絶対。検証できた仮説もアーカイブしておくと後々振り返ったときに、同じ仮説が繰り返されていないかを再確認することができたり、ステークホルダーがチェックインしたときでもプロダクトの検証結果をすぐに説明することができるので、一石二鳥です。

イベントを主催してくださった NIJIBOX さんの公式ブログでもイベントレポートが上がっているので、読んでみてください。

自分の内から迸る情動

インターネット上ではあらゆる自分を演じることができます。SNS と括られているサービスを複数利用している人は少なくないと思います。Twitter や Facebook、TikTok、Instagram、LinkedIn、Wantedly など不特定多数とコミュニケーションができるウェブサービスは、今後も間違いなく増えていきます。その度にアカウントが開設され、○○の中の自分が誕生する。自分は一人しか存在しないのに、自分の一部を分け与えているかのようです。散らばったピースの完成図がなければ、ピースはただの破片でしかありません。そのため、自分にとってここ(mariosakata.com)は自然と必要でした。全ての元となる自分が存在していて、かつパーソナルスペースが確保されているネット上の家みたいなものです。

ノマドワークスタイルという自由大学の講座を受講したことがあります。ジャーナリストの佐々木俊尚さんが担当だでした。講義と言いつつも、参加者で毎回ノマドというワークスタイルが社会と自分にもたらしてくれるであろう価値について議論をする場がほとんどでした。10年以上も前のことですが、一番心に残っていたテーマはセルフブランディングを強化する必要性についてでした。今日では働き方革命の一環として副業や兼業を解禁する企業が増えてきています。今年は更にその数は増え、副業ビッグバンが来るのではないかとの予想をしているメディアもいます。

自分は今からその土台づくりをしたいと思っています。その土台が、今いるこの場所です。将来的には特定の企業や組織に属して仕事をする時代は終わると考えています。そのための生存戦略として、これまでに培ってきたナレッジや経験を集約し、課外活動やネットでの活動を始めとするブランディングに必要な要素を一か所に集約させなければななりませんでした。どうでしょう。これまでは知ることはできなかった、自分という人間を様々な角度から見ることができたのであれば、それは成功と捉えています。

想いを綴るブログの再構成

ブログもここに全て集約することに決めました。これまでは noteはてなブログの二刀流でした。両者のサービスを否定するわけではありませんが、記事を投稿する度にそれぞれの情報流通の一部になる様子は、世の中の流れに身を任せているような気がしていて違和感がありました。ちなみに、Medium は英語圏の方向けであったり、会社のブログ用アカウントだったりするため、現状維持とします。

振り返ってみたら、初めてブログを書いたのは2009年のことでした。社会人2年目のときです。なんで始めたかのか、記憶は定かではないです。覚えておけよって話ですが。過去の投稿を見返してみると、アンテナに引っ掛かったこと、取った行動、食べたもの、見たもの、読んだ本など五感を意識した内容がほとんどでした。やりたかったことは日々の意識化を図るためだったと思います。しかし、何故だろうか。始めた理由がやっぱりわかりません。社会の波に揉まれ過ぎて、生きている実感が欲しかったのでしょうか。そうだったらヤバイですね。そのためには、日々の瞬間を楽しむ必要があります。そのためのブログだったのだと、思います。大丈夫、ここが自分の家になのだから。

前述の通り、セルフブランディング強化のためにブログでは引き続き専門分野である UX デザインやプロダクトマネジメントについて触れていく一方で、Design+ という個人プロジェクトで宣言した通り、日常から見えるヒトの考えなき行動に注目し、世の中の不便利なデザインを探究してデザインと向き合う機会を創出する場としても活用していきます。

ブログのタイトルを「reVision」としたのは、それが由来でもあります。問いを問うことで、ものごとを見る目が変わります。捉え方も変わります。結果として本質的な課題を抽出することができ、プロダクト開発に良い影響を与えるようなアイディアが浮かんできます。それが快感でたまらない。

自身のレゾンデートル(存在理由)

夢想家とリアリストになる。最近、自分が大切にしている考え方です。坂本龍馬という人間は、リアリストとして現実を受け入れながらも、夢想家として薩長同盟に向けた計画を立案し、想いやビジョンを中岡慎太郎らに語ったことで薩長同盟を成立させることができました。坂本龍馬が成し遂げた偉業は、夢想家とリアリストとしての目標を兼ね揃えていたからこそ実現できたと言えます。とはいえ彼ほど大きな革命を起こすわけではありませんが、客観的視点から現状把握し、ビジョンを描き、利点を洗い出し、仲間に共有し、実践する、この一連の流れとボイントを体系化していくつもりです。

人間は楽しさを好み、夢中に励んで成長をする生き物です。仕事であろうとプライベートであろうと、偶発的に出会う AHA モーメントを大事にし、ブログや俳句を通して外部化して唯一無二の自分を整形していく。夢中でいる。それが自分のレゾンデートル。

My Credo(マイ・クレド)を作る

リッツ・カールトンにいつかは宿泊したいと思っています。きっかけは 『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』 という本を読んで、この会社が持つ「感動を創造するためのシステム」に関心を持ったからです。いつかは実体験したい、と願ってチャンスを掴めず十数年。歳を経るに連れ、物事に対しての感動が薄れると良く聞くので、早めに行っておきたい。不愉快に思われた方、謝ります。 …

デジタルカメラと iNSPiC REC

デジタルカメラで撮影した写真を Bluetooth でスマートフォンに転送できることはもはや当たり前な時代。デジタルカメラはスマートフォンや従来のカメラと比べて画質は高い(とはいえ、スマートフォンに遅かれ早かれ抜かれそう)。しかしながら、ネットに繋がっていないが故に撮影機材の主流はスマートフォンに奪われてしまいました。結果、デジタルカメラ市場の縮小は止まりません。その問題を解決するための手段として実現したのが Bluetooth 連携なのではないでしょうか。撮影した写真をその場で確認し、Instagram をはじめとする各種 SNS に投稿する需要に応えるためにあり、一つの価値でもあります。

ところが、最近購入したキヤノンの新しいコンセプトカメラ「iNSPiC REC」は少し違うようです。

カメラは繊細だから、大事にかばんへしまっておく。なんて、もったいない!取り出す間も惜しいほど、毎日は撮りたい瞬間にあふれているから。カメラをかばんにひっかけて、“撮りあそび”に出かけよう。

撮影した写真を取り入れるためには、専用アプリを予めダウンロードしておく必要があり、不思議ではないのだが問題はその次です。

写真が取り込めないんです。そもそも、撮影した写真が反映されないんです。

iNSPiC REC アプリの Bad UX

アプリの前評判は知っていたのですが、それ以上にカメラのコンセプトに魅力を感じ、掛けてみたのだが…納得してしまった。調べてみたところ Bluetooth だけではなく、WiFi も同時に接続する必要があるため、カメラとアプリ間のペアリングが不安定になり、読み込めないケースが多々あるとのことでした。

不便だ。これは、ユーザー体験を設計する上でとても致命的な障害だ。カスタマージャーニーにおけるチャネル / デバイス / タッチポイントこそ、サービスデザインに影響を与える非常に重要なポイントとなります。

それから1週間が経過し、サポートセンターのおかげで WiFi が安定している環境(自分の場合は家)であれば、最低限の期待である写真を取り込めることができました(やった!)。障害となっていた理由は、よくわからないけれども。このままでは改善ができないのではないか、と疑問に思った一方で、ジャーニーの続きに進めることができたので、良しとしましょう。本来であれば冒頭で話したように撮影した写真は都度確認して起きたいところですが、この不便さが意外にも「懐かしさ」を演出してくれます、

不便さが演出する「懐かしさ」

スマートフォンやデジタルカメラよりも前、カメラがフィルムだったときは何が取れているのかは現像してみないとわかりませんでした。インスタントカメラもそうですね。家族で旅行に出かけたときに、子供ながらに撮影を気軽にできることに喜びを感じ、現像して写真が出来上がるまでの期待と、いざ写真となって見ることができたときの答え合わせがたまらなく好きでした。

iNSPiC REC はそれを思い出させてくれます。最近は iNSPiC REC を鞄の中に常に入れており、ふと目に入ってきた不思議な光景や気になるモノ、そして見逃せない瞬間を狙って直ぐに取り出して写真を撮っています。何を撮ったかは帰ってからのお楽しみ。フィルムではないですが、写真を読み込み中の時間がワクワクします。ボヤけていたとき、苦笑いをします。撮影した背景がわからない写真が出てきて思い出せず、不思議に思ったりします。新たな発見があったりもします。

iNSPiC REC は不便です。

でも、それは製品のせいにしているだけに過ぎません。工夫をしてみたら、別の良さを発見することがあります。自分は第一発見者かもしれない、という勘違いはあるかもしれないけれど、発見までに至る過程はとてもクリエイティブだと思います。これは、デザインにおいていいヒントになるかもしれません。

今回わかったこと。それは、不便は本来は豊かなのかもしれないということです。不便性に目を向けたほうが、思いもよらない発見があります。それがデザインの種になって、次に活かされていくといいなと思います。自分は iNSPiC REC をこれからも使い続けていきます。この先に自分と製品にどのような変化があるのか、楽しみでもあるからです。


この投稿は、個人プロジェクト Design+ によるものです。

Design+ は世の中の不便利なデザインの探究(Inconvenient Design)、並びに人が取ってしまう考えなしの行動(Thoughtless Acts)に目を向けることで得られた気付きをもとに、デザインへの新たな向き合い方を模索する自分の個人プロジェクトです。Twitter はこちら:https://twitter.com/DesignPlusAny